東京大学農学生命科学研究科ホームページに掲載された研究成果をご紹介します。



◆ 2023年10月記事
「エル・ニーニョが熱帯雨林の二酸化炭素吸収を決めていた」
   熱帯雨林と大気との間でやり取りされる二酸化炭素と水蒸気は、地球規模の炭素収支と水循環に重大な意味を持ちます。ボルネオ熱帯雨林の二酸化炭素吸収の年々変動は、エル・ニーニョ南方振動(ENSO)に影響されていると考えられてきましたが、そのメカニズムはおろか、本当にそうなのかさえ分かっていませんでした。
   いくつかのENSOイベント(エル・ニーニョとラ・ニーニャ)を含む10年間のフィールド観測と観測データに基づくシミュレーションモデルにより、森林単位の二酸化炭素吸収速度がラ・ニーニャ時で大きくなりエル・ニーニョ時で小さくなること、そしてそれは、光合成能力(カルビン・ベンソン回路の最大炭酸固定反応速度)がラ・ニーニャ時で大きくなりエル・ニーニョ時で小さくなることが原因であると明らかになりました。
   今回の知見は、東南アジアの熱帯雨林が長期的にどのように炭素を蓄積してきたのかを理解し、未来の東南アジア熱帯雨林だけでなく地球規模の炭素収支の予測に役立ちます。


◆ 2023年7月記事
「木々の葉っぱが洪水を防いでいる!?」
   森林樹冠からの遮断蒸発の新しい計算方法を開発しました。
   その結果、豪雨時の遮断蒸発をこれまでよりも良好に再現できました。
   この新しい遮断蒸発モデルを用いて、豪雨に対応する森林流域からの流出をシミュレーションした結果、樹冠遮断には、これまで考えられてきた以上に洪水流出を著しく減らす能力があることが判りました。


◆ 2023年3月記事
「スギ林は30分ごとに、しかも1年で、どんだけ二酸化炭素を吸ってるのか」
   日本の森林の代表的樹種であるスギの森林スケールの光合成・蒸散速度を年間を通じて観測しました。
   一枚の葉の光合成反応から森林と大気との間での二酸化炭素の乱流拡散までを再現する精緻なコンピュータ・シミュレーションモデルを作り、観測データと比較しました。
   シミュレーションモデルによる計算実験で、スギ林の二酸化炭素吸収のメカニズムが明らかになりました。例えば、冬に葉の光合成能力が落ちるのは、年間を通じてスギ林の生産性を保つためには必要不可欠であることを解明しました。


◆ 2021年10月記事
「水資源のために森を変えることはできるのか?」
   主要な森林施業の一つである間伐(注1)が流出にどれほど影響を与えるのかをコンピュータ・シミュレーションによって検討しました。
   間伐に伴い総流出量は増加するものの、そのほとんどは渇水時の流出増加には寄与しませんでした。
   間伐による渇水時の流出増加量は流域の保水性によって大きく左右されました。


◆ 2020年10月記事
「地下水資源から占う穀物生産の未来」
   アメリカ・ハイプレーンズの南部域では地下水が枯渇しつつあり、これに呼応して、これまで増加傾向にあった穀物生産量は減少に転じると予測されます。
   一方、北部域では、豊富な水資源によりこれからも穀物生産量の増加が見込まれます。
   ハイプレーンズ全体で考えると、何の改善もされることなく現在の地下水取水が続けば、南部域の穀物生産は崩壊し、それは、世界の食糧安全保障にまで影響することでしょう。


◆ 2020年9月記事
「生態水文学は水危機から世界を救うために何ができるか? :単作農林業から生じる水循環均質化の危険性」
   炭素固定や食糧生産需要を満たすための単作農林業の拡大は、蒸発散や地下水涵養などの水循環プロセスの均質化を招きます。
   これにより、環境変化に対する回復力が低下することで、人間生活は、突発的な豪雨や干ばつのような極端気象に対して脆弱になります。
   水危機に対する回復力を維持するための土地管理手法の開発に向けて、植物の多様性と水循環機能の相互関係を明らかにする生態水文学的研究の必要性を提言しました。


◆ 2020年6月記事
「日本の森林の炭素貯留能力は本当はムチャクチャすごかった!」
   森林の炭素貯留量と炭素吸収速度を正確に知ることは、地球温暖化の抑制にも関係して、森林生産計画の策定に重大な意味を持ちます。
   近年整備が進んできた日本全国に渡る15000点に近い毎木調査点の結果を、これまで日本の森林蓄積量を評価してきた収穫表による結果と比較しました。
   新しく算出された森林炭素蓄積量・炭素吸収速度は、炭素換算で30.16憶トン・4850万トン()毎年となり、これまで発表され正しいと信じられていた値の、それぞれ1.72倍・2.44倍となりました。これら新しい値は、我が国のこれからの森林管理政策に多大の影響を及ぼすでしょう。
 この値は二酸化炭素換算にすると、日本の森林は毎年1億7800万トンの二酸化炭素を吸収しているという意味になります。公に言われている森の二酸化炭素吸収能力の3倍を超えている値であることに注意してください。

【発表概要】   森林の炭素貯留量と炭素吸収速度を正確に知ることは、二酸化炭素放出削減策と地球温暖化の抑制シナリオの策定にとって重大な意味を持ちます。森林炭素貯留の最も正確な推定法は、毎木調査の結果を基本とする方法であると言えます。全国森林資源調査(NFI)は、日本全国の森林における樹木の幹の体積(材積)を提供してくれるもので、毎木調査の結果から直接見積もりのもの(m-NFI)と、過去に行われた毎木調査によって作られた収穫表により推定されたもの(p-NFI)があります。
   本研究では、日本全国の総森林材積を見積もるために、国も地方の森林行政機関も、多くの学術研究においても、p-NFIが使われ続けられ、その結果、これまでの値(p-NFI)は実際の値(m-NFI)に対して、森林炭素蓄積量については58〜64%、炭素吸収速度に至っては41〜48%に過ぎないという強烈な過小評価が生じていたことが分かりました。この理由として、まず、p-NFIでは実際の森林面積の10%が考慮され損なったこと、そして、p-NFIで使われた収穫表は1970年頃に作られたものであり時代遅れとなってしまったことが考えられます。
   森林炭素蓄積量の正確な見積もりのためには、p-NFIで使われる収穫表を最新のものに作り替えるか、これからもm-NFIを継続的に行うかすべきです。実際、我が国の森林の炭素吸収速度は驚異的なほど高いので、将来は、他の二酸化炭素排出削減策との兼ね合いと損益効果を見極めた上での適切な森林管理計画の策定が求められます。


◆ 2018年11月記事
「熱帯雨林が死んでいく理由を探る」
   地球温暖化の進行に伴う熱帯雨林の大量枯死と、枯死個体の分解から生じる二酸化炭素の大気への放出がさらに温暖化を促進する可能性が危惧されています。
   既往研究を洗い直し、未公開・最新データを掘り起こすことで、何の気候因子がどのような生理的反応を通して熱帯雨林を殺すのかというメカニズムの可能性が示されました。
   考え得る限りの様々な枯死メカニズムが提示されましたが、それらは2つの主要因:炭素飢餓と通水阻害に集約されることが明らかになりました。本研究の結果は、地球システムモデルにおける陸上生態系の表現に重大な示唆を与えると考えられます。


◆ 2017年10月23日記事
「大規模野外操作実験により熱帯雨林の巨大高木の乾燥ストレス応答を解明」
   この研究では、熱帯雨林の巨大高木は土壌の乾燥が進むとすぐに葉の吸水能力を高めて光合成や蒸散を続け、乾燥環境下でも水を消費し続ける戦略を持つことを明らかにしました。
   世界に先駆けて、マレーシア・ボルネオ島の樹高40mに達する巨大高木に大規模な降雨遮断実験を行い、樹木の乾燥への応答や順応能力を解明しました。
   この研究の成果は、気候変動により将来予想される干ばつに対して熱帯雨林で何が起こるのか予測するのに役立ちます。


◆ 2017年10月11日記事
「熱帯林破壊が雨を減らす」
   東南アジア熱帯雨林での森林破壊が地域気候に及ぼす影響を物理的に考察することができました。特に、大規模森林破壊が広い範囲で降雨量を減らす可能性があることを示しました。
   東南アジア熱帯島嶼域の気候特性は特異であり、当該地域での陸上生態系変化が気候に及ぼす影響を精緻に考察したのは本研究が世界で初めてです。
   東南アジア熱帯林は現在最悪の森林破壊地域であり、森林破壊が地域気候、特に降雨量にまで影響を及ぼすことを示したことは熱帯林保全の強い動機付けになると考えられます。